旅行

2010.08.01

夢見る旅を旅する夢

松山在住のネパール人の夫婦から依頼されていた件も何とか終わりました。

将来母国に帰国してカトマンズに住む時の家のSTUDY-PLANです。

RC2階建。将来増築して1階を賃貸として貸す、というスタイルが多いの

だそうです。

ネパールならではのルールや国の文化の違い等、とても勉強になりました。

Kathkrn03

最近外国に行ってないので、自分の中の「海外」が切れてしまって

カラカラになっています。

のんびりと外国の路地を歩いている夢まで見る始末。

もう一度訪れたい場所や行ってみたい国は数知れず。

こうなったらもうどこでもいいから行きたいなーと毎日思いつつ、

きょうも「世界ふれあい街歩き」を見るのです。

哀しくなります。

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遅ればせながら、1Q84のBook3読了です。

村上春樹の本領発揮というか、Book1&2よりも面白かったです。

借していただいたお客様どうもありがとうございました。

今度お返しします。

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2010.04.20

松山案内

関西からお客さんが、観光がてらわざわざ打ち合わせに来て下さいました。

私の事務所が道後に近いので、道後温泉の近くで宿を探されたのですが、

週末だということもあって、道後界隈のホテルも満室だったようで、

何とか滑り込みでの道後泊となりました。

しかし、ほとんどの時間を打ち合わせに割いていたのと、打ち合わせの

合間を縫って私の手がけた住宅をご案内したりで、たっぷり松山観光とは

行かなかったのですが…。お客さんにとっては、物足りない旅行になって

しまったかも知れません。今度は是非仕事抜きで。

 

とはいえ、松山に来てまだ数年しか経っていないこの私が松山を案内する

とは…。来ていただくにあたり、松山のどこを案内しようかと悩みましたが、

なかなか難しいもんですね。やんちゃ盛りのお子さん連れだということもあり、

松山城とか坂の上の雲ミュージアムだとか言うわけにもいかず、

やっぱり道後温泉付近になるんですねぇ。

ただ、道後温泉にはいわゆる温泉場独特の情緒というか、

近場で言うと有馬や城之崎のような色気やしっとり感の漂う雰囲気が

欠けている気がしているので、全国湯けむり紀行のようなイメージを

求めて来る観光客は、がっかりするようです。

道後温泉をセールスポイントに売っている割には、見所が点と点で、

線になっていませんし、かなり無理がある印象があります。

観光の街づくりにしても、もっと他に上手いやり方があるのではと

前から感じています。

Dogo_onsen

伊予の早曲がりには驚かれていました。

伊予の早曲がりとは、愛媛に多いとされる、対向車無視の急発進で

右折する交通違反の呼び方なんですが、大阪神戸の荒い運転に慣れている

方でも怖いです。かく言う私も、今でこそだいぶ慣れましたが、

最初は「あぶないやんけ!」を連発していましたね。

まあ行かせてくれるやろうという感覚で恐らく運転しているんだと思いますが、

相手にブレーキをふませて気を遣わせる運転というのはアウトですね。

変な言い方ですが、大阪の過激な割り込み運転等には、

一見無秩序に見える中にも実はルールが存在していると思っていまして、

無茶な運転に見えても、もし相手が対応できなかった場合、

事故るような無謀な運転は案外していないもんです。お互いがその秩序を

感覚で知っているので、無謀だけれど事故にならないのだと思います。

相手まかせの運転ほど恐ろしいものはありません。

Kyhouse_facade01  Kyhouse_facade02

無事打合せを終え、お客さんを送り出した後は、

先月着工したKY-HOUSEの仕事です。

上棟を目前に控え、外観のスタディーをしているところです。

本当に良いモノになるかどうかは、これからの作業をいかに掘り下げて

進めていけるかにかかっています。

 

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2010.01.17

わすれじの日

阪神大震災から15年。

私の実家は大阪ですが、大阪でも北西に位置し、震度6強の伊丹市の隣に

あるため、相当な被害が出たようです。

ようです…というのも、私はその時外国におり、

実際には震災を体験していないからです。

その年の1月11日に長期の海外生活に出発しましたので、

外国でまだ1週間経たない時の出来事でした。

凶報を知ったのは、翌日の18日トルコで。

イスタンブールを出てアンタルヤという街に着いた時でした。

定食屋に入り、晩ゴハンを食べようかという時だったと思います。

現地の人達が、私が日本人とわかるやいなや、大騒ぎをしながら

集まってきましたので、何事かと思い、言われるまま連れて行かれて

見たのが、阪神高速が倒壊しているあのニュース映像でした。

その先の事はここではあえて書きませんが、今でも鮮明に覚えています。

とにかく、「あぁこれで自分の夢だった海外生活もいきなり終わりか…」と

漠然と思ったことは記憶しています。

被災者の方には、何を呑気な事を!…と怒られそうですが、

神戸から遠く離れた異国の地では実感が沸かず、当時は被害情報も乏しく、

ナニカとてつも無い事が神戸で起こっているのだ、という感覚でした。

すぐさま店を飛び出し公衆電話を探し、洗いざらいのコインを入れて

実家に電話しましたが、全く繋がりませんでした。

店に取って返して、訳を説明して店の電話を借りてひたすら電話し続けました。

どれくらいかけ続けたのかは忘れてしましましたが、結局電話が通じ、

家族の安否を確認できたのは、その晩ホテルの部屋からだったと思います。

当時はまだ海外携帯とか無かったんですね。もちろんインターネットも…。

その後何度か日本と連絡を取り、色々と悩み、考え抜いた挙句、

結局海外に留まることにしたのですが、今でもその考えが正しかったのか

どうか考えてしまう時があります。

 

途中、大使館止めで受け取った日本からの荷物の中に、

震災の事を綴った親からの手紙と、震災直後に出たアエラの

臨時増刊号が入っていました。

手紙には、震災直後の事、燃え広がる火災の事、鳴り続けるサイレンと

漂うガスの臭い、度重なる余震の恐怖の事、寸断された交通網、そして今でも

増え続ける犠牲者の事、等が延々と書かれていました。それらを読む度に、

「このまま旅を続けていてはダメだろう、今すぐ帰国しなくては。」

という思いになって、しばらく頭から離れない毎日を過ごしました。

 

帰国後、親や友人、実際に被災した知り合いから当時の様子を聞いて

まわりましたが、想像を絶する出来事とは、まさにこの事を言うんだな

思いました。

当時は、震災復興住宅などの事業が盛んに進んでおり、私も色々な方面から

声をかけて頂きましたが、実際に震災を体験していない自分が参加しては

いけないような気がしたのを覚えています。

Eurailpass1_2 

今日は、各メディアでも様々な特集をやっているようです。

記念式典も行われています。

決して風化させまいという想いを持ち続けることの大切さと難しさ。

 

あの地震を境に、建築の世界観も劇的に変わりました。

法律整備も重ね重ね行われました。

あれから15年たちましたが、設計に関わる人間だからこそできる事が

今でも沢山あるはずだと思っています。

 

今の僕にできること…。

常にこの事を忘れないようにしていこうと思っています。

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2009.11.06

特別拝観

京都の恒例行事、秋の特別拝観が開催されています。

普段見ることのできないお寺や庭が、この時期だけ特別に開放され、

観ることができる行事です。夜間も開いていて、庭のライトアップなどが

されます。確か春と秋の年2回だったと思います。

僕は学生時代の4年間を京都で過ごしましたので、色んなお寺で

特別拝観のガイドのアルバイトをしたことがあります。

観光客にお寺の見所を順番に解説する仕事なんですが、

中でも記憶に残っているのは、東山にある臨済宗の高台寺です。

ねねさんと秀吉の、ゆかりのお寺として有名です。

Kodaiji1

ねねは言わずと知れた秀吉の正室である北政所のことですが、

とても人気のある女性ですので、特別拝観の時期にはかなりの数の観光客が

訪れます。清水寺や八坂神社の近くでもあり、いかにも京都らしい石塀小路や

二年坂も近くにありますので、桜や紅葉のハイシーズンは人が多すぎて

まともに庭を歩けないくらいですが…。

建物ももちろん素晴らしいのですが、彼女が祀られている霊屋の高台寺蒔絵、

小堀遠州作の池泉回遊式庭園、傘亭・時雨(しぐれ)亭などの茶室、

三十六歌仙図など、見所はとても多い所です。

中でも最も好きな場所が臥龍廊(がりゅうろう)と呼ばれる長い渡り廊下(階段)

なのですが、名前の通り龍の背中に似ていることからこの名がついたようです。

臥龍池の上に掛り、開山堂から霊屋とを結ぶ回廊です。

当時は普通に観光客も登れたのですが、何年か前は通行禁止だったような

気もしますが…。

これだけ見所があると、ガイドの説明を覚えるのも大変で、

特に歴史好きの観光客などは、質問もマニアックで、たかが学生の

通り一遍の説明では太刀打ちできないこともしばしばでした。

あまりに申し訳ないので、ポケットにカンペを入れておいて、

観光客がひいた時に取り出して確認したりしていました。

夕方閉館して一日の終わりに庫裡に戻ると、銀行マンが来ていて、

アルバイト全員で手分けして一日の拝観料を勘定するのですが、

毎日それはそれはナカナカの金額でした。

特別拝観という期間限定のスペシャル感があると、

ドえらい儲かるんだなぁと学生ながらに思いましたね。

Kyoto2  Kyoto6

そうだ京都へ行こう(古いですが)と思われたなら、

湯豆腐と舞妓Haaaanだけではなく、神社仏閣も一度訪れてみて下さい。

しっとりと平日に訪れることをオススメします。

Kyoto7

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2009.09.08

四万十川で考えたこと

先日の日曜日、四万十川に初めて行ってきました。

四国に来る前から一度は行ってみたいと思っていました。

最近息抜きもしてないし、天気もいいんで思い切って出発。

「かなり遠いよ。陸の孤島。」とは聞いていましたが、案の定遠かったですね。

四万十川の辺りは、思っていたよりも厳しい山ではなくて、

四方を柔らかい山に囲まれていました。

だけど確かにどこまでも山は深く、人家が無く生き物の気配が濃い気がします。

奈良の十津川村と少し雰囲気が似ているかも。

Shimanto_river

出発が遅かったので時間もあまり無かった為、

キャンプ場の前でカナディアンで遊ぶ程度に。

カヌーを漕がずにただ漂っていると、

昔見た山間部のジオラマ模型の中に居る感じがして、

自分を俯瞰して見ているような錯覚に陥りました。

最近は全く行っていませんが、元々アウトドアが大好きですので、

緩やかな流れに身を任せ色んな事に思いを馳せる。

体中のいい毒抜きになりました。

Shimanto_bridge

今度は絶対に泊まりで来ようと誓いつつ、

帰路、道の駅を発見する度に寄り道してたら、

野菜ばっかり山ほど買っていました。

スーパーの野菜は高いのに、どこも嘘みたいな値段でした。

当分野菜ですね。

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2009.07.05

日本人泣き寝入り説

ローマのとある老舗レストランで日本人観光客がぼったくられて、

レストランが閉鎖に追い込まれたというニュースを読みました。

約700ユーロといいますから、だいたい10万円弱ですよね。

その観光客は、とりあえずお金を払って店を出た後、すぐに警察に行った

らしいのですが、怪しいと思ってもなかなか店内で揉めるわけにはいかない

からと、大人の対応をした彼等を旅の上級者と褒める向きもありますが、

個人的には、決して払うべきではないと思っています。

Wain

日本人には、人前で揉めるのが恥ずかしいという感覚の人も多く、

そこが悪党の付け入る隙なのですが、恥も外聞も捨てて、レシートを

よーく見て納得できなかったら、断固抗議するという態度を取るべきです。

「えらい高いなぁ…」などと思いつつ格好つけて支払いしてしまう方が

よっぽど恥だと思うのですが。何より、後に来る観光客のためになりません。

実際は泣き寝入りしてしまっている日本人もかなりいると聞きますし。

郷に入れば…ですから、お国柄やその国の文化を否定するつもりは

全くありませんが、降りかかる火の粉は振り払うべきではないかと。

泣き寝入りは、日本人ならば簡単に騙せるという印象を助長するだけです。

「せっかくの旅行なんだからまぁイイやんか」

と極力嫌な思いは避けたい気持ちもわかりますが、

そうしたことで、必ず後に続く日本人にツケがまわります。

ぬるま湯の日本人は黙って泣き寝入りするという印象を何とかしないと。

「騙される人間が悪い」というメチャメチャな考え方に異議アリです。

私も支払いの時に何度かこういう経験はありますが、

相手に「コイツはうるさい奴だな」と思わせると、

おおかたの場合はスッタモンダの末

「申し訳ないシニョール、こちらの計算ミスだったよ。チャーオ!」

などと悪びれずに笑顔で言ってきました。

こういう些細な出来事の積み重ねで国のイメージって

決まっていくような気がします。

悲しいことですが、性善説の日本人の集まるところ、必ず悪党ありです。

大切な思い出となる旅行ですから、嫌な思いを引きずって後悔しない為にも、

泣き寝入りはやめたいものです。

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2009.06.23

遠くて近いサウダーデの国

最近旅の話が多いですが、歳と共に昔の記憶を忘れないようにという

備忘録のようなつもりで書いていますので…。

港町リスボン。ポルトガルの首都で、ヘルシンキと同じく住みたいと思った街の一つです。

行ったのは、ビム・ベンダースのリスボン物語が公開された年で、

確かスペインのマドリードから寝台列車で行ったと記憶しています。

ポルトガルに行きたかった理由としては幾つかあります。

まず、五木寛之だったか壇一雄だかの本を読んで、いつかリスボンとナザレに

行ってみたいと思っていた。かつては大航海時代に世界に名を馳せた大国だが

今は忘れ去られたかのような小国だという哀愁に惹かれた。そして、ユーラシア最西端の

地を見てみたい。…などでしょうか。

遥か遠い国ではあるのですが、どこか日本と似ているところを多く持っている

遠くて近い国がポルトガルです。

Lisbon1_2  Lisbon2   

Lisboa / Wikimedia Commons(ウィキメディア・コモンズ)より

 

サウダーデの国。サウダーデは、郷愁、懐かしさ、悲しさ、ノスタルジーなど様々に

訳されますが、ドンピシャの訳語は存在しないという曖昧な言葉です。

そういった言葉が存在するというところもどこか日本と似ている気がしていました。

そして、ファドの国。日本でいうところの演歌。炎のようなフラメンコに対して、

悲しみを切々と歌い上げるファド。牛を殺さない闘牛の国ポルトガル。

隣国スペインとは色々な意味で対照的であり、

情熱の国スペインに対して、哀愁の国ポルトガルという言葉が似合います。

日本人の精神性にどことなく合う気がする人も多いのでは。

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Lisboa / Wikimedia Commons(ウィキメディア・コモンズ)より

 

路面電車が走る石畳の坂道や旧市街の裏町を歩いていると、

あちこちで現地の人から、声がかかります。「どこから来た?」「泥棒には気をつけろ」。

「日本語のアリガトウはポルトガル語のオブリガード/Obrigado」と似ている」などなど…。

なんて人懐っこい人達。なんて親切な人達。

昼寝をするネコが似合うこの国では、時間がゆったりと流れていきます。

 

ロカ岬がユーラシア大陸最西端の岬です。

リスボンから電車とバスを乗り継いで日帰りできます。

「ここに地果て、海始まる」と刻まれた石碑が立っています。

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Cabo da Roca / Wikimedia Commons(ウィキメディア・コモンズ)より

行きのバスの中では、ユーラシア最西端ということで、

頭の中ではトールキンの指輪物語の最期の場面で、指輪の仲間が港から船に乗って

海の彼方の遥か西の国に去っていく、という超ファンタジーなシーンを思い浮かべて

いたのですが、全く違いました。

でっかい大西洋を眺めながら、遥か彼方はアメリカか…思えば遠くへ来たもんだという

感慨に浸るほどヤワな場所でもありませんでした。

実際は、吹き飛ばされそうな強風が吹き荒れ、霧に霞んだ一歩先は断崖絶壁。

踏ん張らないと持っていかれそうな突風と闘いながら、荷物が飛ばされないように

するので精一杯でした。

ユーラシア大陸最西端到達の証明書をくれます。

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2009.06.20

遥かなるフィンランド

首都はヘルシンキ。東はロシアで、ムーミンとサンタの国。森と湖とオーロラの国。

シベリウス「フィンランディア」の国。そして建築家アルヴァ・アアルトの国。

訪れる前はそんなイメージでした。

しかし実際行ってみると、あぁここに住みたいなと思った数少ない国の一つでした。

街自身にこれといった観光スポットがたくさんあるわけではないのですが、

言いようも無く魅力的な街。アアルトの建物も数多くあるし、世界遺産もあります。

オフシーズンだったので人も少なくホテルも安かったのですが、旅の後半と言うことも

あり、手持ちの金が心細くなっていたので、自炊のできるホテルに滞在しました。

ヘルシンキ中央駅横の郵便博物館で、ロシアから流れてきたという旅行者と

たまたま仲良くなり、お互いメシ代を浮かせるかということで、毎日朝市に魚を

買いに行って、昼間ブラブラすると夕方ホテルのキッチンで料理。

海からの風が吹き込む部屋の、窓に面したテーブルで晩ゴハンという日々でした。

妙に人に慣れたカモメが毎晩エサをもらいに窓の額縁にやってきました。

その旅行者とは、昼間は別行動していたのですが、ある日の晩飯時に彼が、

「きょう感動して泣いてしまった」という話を始めました。

私が何日か前に見て感動した教会を彼に勧めていたのですが、

今日その教会に行ってみたのだと。

教会は、正式に言うと、テンペリアウキオ教会といいます。

建物自身はその場所の岩盤を掘り下げて地中に埋没するように造られていて、

外壁はその切り出した岩を積み重ねるように作られています。内部は、積み上げた

岩にガラス屋根を乗せただけの構成で、ガラスのフレームが円を描くように連なる

様子は、儀式的な印象を与えます。プロテスタントのルーテル派教会ということで、

カトリックのような装飾が無い分、余計に空間が持つ空気感が際立っていました。

地下は永遠性の象徴、この建物のアイディアとデザインに私はエラく感動して

しまったのです。

Temppeliaukio_church5_2  Temppeliaukio_church3

Temppeliaukio_church2  Temppeliaukio_church4_2

Temppeliaukion Kirkko / Wikimedia Commons(ウィキメディア・コモンズ)より

 

彼は、勧められるままに何の予備知識も持たずに入ったらしいのですが、

しばらくすると感動のあまり涙が出てきたというのです。

教会でたまたまミサをやっていたので、ぼぉ~っとオルガンの音を聞きながら中を見て

廻っていたら、何故か涙が溢れてきて止まらなくなったと…、

建物を見て感動のあまり涙が出たのは生まれて初めてだという話をしてくれました。

彼は、別に建築というモノに全く興味は無かったのですが、そういう人が何気に見ても

涙を流すほどの建物が世の中にはあるんだなと…。

やっぱり建築には、建築の持つ底知れないパワーが潜んでいるんだと、

目の前で熱く語る彼を見ながら、強烈に思わされた瞬間でした。

その人の人生に深く足跡を残す建築。

人間が持っている何か奥底の原始的な力を呼び起こすような建築。

どんな大型建築でも世の中の建築は、「住宅」から発展して分化したものだと

言われています。すべてが「住宅」の延長線上にあるのだと。

逆に言うと「住宅」がすべての原点だとも言えます。

だからこそ住宅設計は面白いし、毎日それで走り回っているのですが、

たまにはこんな感動が突き刺さるような建物を見に行きたいなぁと思ったりします。

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2009.04.07

旅の話

ストレスが溜まってくると、旅に出たくなります。

自分の中の「旅行」という電池が切れてきた感じ。

 

以前にも書きましたが、若い頃ヨーロッパを放浪していた事があります。

古い記憶は、月日と共にだんだん風化していくものですが、

当時の思い出は、今でも自分自身の中で燦然と輝く記憶として残っています。

建築に限らず何でも見てやろうという思いを胸に、

極力色んな国や文化に触れたいと、

日程も宿も決めずに、その時の気分で行動していました。 

出発の時は溢れんばかりの期待感で、

何かこれから新しく生まれ変わるようなワクワク感のみ。

初めて見る風景や建物、初めて耳にする外国語や生活習慣、TVに音楽。

言うまでもなく、資金的に余裕なんて無くて、

絵に描いたようなバックパッカーでしたので、

楽しい出来事ばかりじゃなく、トラブルや絶体絶命のピンチも

数え切れないほどありました。

なかでも最大のピンチは、ローマで身ぐるみ剥がされた時でした。

その時は気持ちも荒れに荒れましたが、今思うと、あの事件でタフになり、

「何でも来いや」と、その後の旅に落ち着きが出たような気がします。

旅の前半と打って変わって、後半は自分でも「なかなか旅慣れてきたな」と

思い出した頃に、「自分は一体何をしてるんやろ?」という

空虚な感じが頭をもたげてきました。

自分の居場所がない感覚が常にまとわり付きだして、

仲間がいない寂しさで陰々としてくる。

どれほど異国の街に長くいたとしても、

それはあくまで「旅行」であり、「生活」ではないのだ、という思いに

支配され出すと、そこから抜け出るのは大変で、

旅自体が楽しくなくなってきます。

そろそろ潮時かなと思い、帰国しました。

空港から大阪の自宅へ向かうバスの中で見た久しぶりの日本の風景が、

まるでスラム街のように薄汚れて見えました。

懐かしい大阪の景色や、帰国した安心感よりも、

ただひたすら悲しかったのを覚えています。

Travel1  

言い尽くされた言葉で今更ですが、旅と人生は本当によく似ています。

何者にも縛られない完全なる自由と、何もない深い孤独感。

今でも、道端でガイドブックを拡げている外国人旅行者を見ると、

無条件に心から助けてあげようと思います。

 

谷川俊太郎 「朝のリレー」

    カムチャツカの若者が

    きりんの夢を見ているとき

    メキシコの娘は

    朝もやの中でバスを待っている

    ニューヨークの少女が

    ほほえみながら寝がえりをうつとき

    ローマの少年は

    柱頭を染める朝陽にウィンクする

    この地球では

    いつもどこかで朝がはじまっている

    ぼくらは朝をリレーするのだ

    経度から経度へと

    そうしていわば交替で地球を守る

    眠る前のひととき耳をすますと

    どこか遠くで目覚まし時計のベルが鳴ってる

    それはあなたの送った朝を

    誰かがしっかりと受けとめた証拠なのだ

1 2_3

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2009.02.16

旅行記のはなし

作家の村上春樹さんが、イスラエルの文学賞「エルサレム賞」を受賞しました。

元々好きな作家でしたし、小説は勿論ですが、彼のエッセイや散文も好きでした。

若い頃、旅行記にハマっていた時期があります。

私がヨーロッパを放浪していた時期に、

文字通りボロボロになるまで何度も読んだ本の中の1冊が村上春樹でした。

勤めていた会社を辞め、友人達に、

「有り金すべて握りしめて旅に出ますねん。」

と言ったら、会社の先輩が「持っていけば?」とくれた本です。

Photo>>Amazon.co.jp

Photo_4>>Amazon.co.jp

旅行中は、なにより日本語に飢えていましたので、

自分でもよく飽きんなぁ、というくらいに何度も何度も読んでいました。

旅の途中たまに日本人と出会うと、手持ちの日本語の本を交換したりして、

今はもう手元にはありませんが、時折無性に読み返したくなります。

何故か、冬のヨーロッパの強烈に寒い時期のことが記憶に残っています。

旅行中に、はるか遠い自分の国で阪神大震災があったりして、

色々な事を考えていたからかも知れません。

まだまだ、道を渡る風が冷たいです。

あの時感じていた空気感を、今でもよく想い出すことがあります。

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